旅立つ・想起 第2話
みなさんこんばんは。
毎度おなじみ亀さん向日葵でございます。
12月に入ってやっと時間に余裕ができたので、文章書き書き再開しました。
3月くらいまではまだ時間がありそうなので、ちょいちょい書きまぅす。
ちょっと短いけどキリがいいのであげまぅす。
大変遅くなり申したm(o・ω・o)mゴメンヨ
***
家に着いた僕は、昨日までと同じように、何事もなかったかのように夕食の支度を始めた。
味噌汁に入れるための大根を短冊切りにして、油揚げを湯通しする。
頭で考えなくても身体が勝手に動いてくれる。このときほど習慣をありがたいと思ったことはない。
僕が帰ってきたときアスカはリビングにいた。そして昨日の話なんかまるでなかったかのように、いつもと同じようにチラッと僕の存在を確認し「おかえり」と表情ひとつ変えないでいる。
そんな風にされたら僕もいつも通りにするしかなくて、でもまだ戸惑いも、そしてなぜだか悔しさもあって、僕はアスカの顔も見ずに「ただいま」と小さく言い部屋に飛び込んだ。
どんな顔をしていいのかわからないし、どんな風に話しかけていいのかもわからないから。
アスカは僕にあれこれ聞かれるのが嫌で、何事もなかったような顔をしている。アスカの背中が僕に向かって言ってる。
「何も聞かないで」
だから僕は静かにキッチンに立った。そしていつものように夕食の支度を始めた。
アスカが日本にいる時間があと数日しかないのなら、せめてその間だけでも精一杯おいしいご飯を作ってあげたい。そしてできるなら、ほんの少しでいいから僕のことを覚えていて欲しい。
そして叶うなら、もしも叶うなら、ただ一瞬でいい。僕のことを赦して欲しい。
そうなんだ。僕には反対する権利も資格もない。
だから僕はただアスカの意思を尊重する。アスカの希望が最優先されるべきだから。例えそれが僕にとって辛いことであっても苦しいことであっても、僕はそれを甘んじて受けなければならない。
だってそれが神様が僕に与えた罰だから。
それでもまだ、僕がアスカに対して犯した罪は到底償えない。
何度も何度も繰り返してきた二人での食事を、こんなに苦しいと思ったことはなかった。早く帰ってきてくれないミサトさんを心底恨んだ。
アスカはずっと押し黙ったまま。僕も何を話していいかわからず、それどころかアスカの顔をまっすぐ見ることさえできないでいる。
一生懸命作った食事も、砂を噛むように味気ない。
でもこれじゃ駄目だ。アスカの望む別れは、きっとこんなんじゃない。
いつもように、何事もなかったように、アスカの望むように、アスカを送り出してあげなきゃいけないんだ。
心の内で小さく決意した僕は、思い切って声を出した。
「あ、あのさ」
「なによ」
「きょ、今日は和食にしたんだ。ドイツへ帰ったら和食を食べる機会もなくなっちゃうんじゃないかなって。だから和食にしたんだけどどうかな。この魚の煮付け、なかなか上手に出来てると思うんだけど。あ、そうだ。アスカの食べたいものあったら何でも言ってね。アスカの食べたいもの、何で作ってあげるから。日本でしか食べられないものもあると思うし。ドイツに帰って食べたくなっても、材料そろえるのもきっと難しいと思うし、それに……」
人って困ったことや焦ったことがあると、本当に口が止まらなくなるんだね。知らなかったよ。
僕の口が勝手にしゃべり続けてる。止められないや。
自分の口から出て行くたくさんの文字たちを、他人の言葉みたいにぼんやりと耳で聞いていた時だった。突然大きな音をたてて、アスカが手にしていた箸をテーブルに叩きつけた。
「アンタ」
「えっ」
「他に何か言うことはないの?」
アスカが大きな瞳をさらに大きく見開いて、僕を睨みつけている。
「えっ?」
「アタシに言いたいことはないわけ?」
「えっ」
「ないの?」
「ないわけじゃ……」
「じゃあなんで聞かないのよ?」
アスカにしては珍しく静かに感情を押し殺した話し方をしていたけど、それがかえって僕の癇に障った。
なんで?
だってアスカが聞いて欲しくないような顔をしていたんじゃないか。昨日だって僕を寄せ付けないように部屋に閉じ込もってたし、さっきだって何もなかったような顔をしてたじゃないか。ミサトさんにもろくに話をしなかったアスカに、僕がなんて聞けばいいんだよ。僕に話す気なんかないくせに。話す気があるなら、昨日のうちに話してるはずじゃないか。
じゃあ、アスカは聞いたら教えてくれるの?
なんでも答えてくれるの?
「いつドイツへ発つのか」って。「どうして急にドイツへ帰ることにしたのか」って。「もう少し日本にいられないのか」って。「なんでミサトさんにも相談しなかったのか」って。
「やっぱり僕のことが嫌いなの?」って。
「……いつ出発するの?」
震える声を隠すように、小さく低い声でつぶやいた。
「土曜日の夜17時の便」
「すごく急だね」
「そうね」
「なんでドイツに帰ることにしたの?」
「別に。ちょっとドイツが恋しくなっただけ」
「今じゃなきゃ駄目なの?」
「今帰りたいの」
「もう少し日本にいればいいのに。きっとみんな寂しがるよ」
「うるさいのがいなくなって清々するんじゃない?」
「そんなことないよっ!」
自分が思ったよりもずっと大きな声を出してしまったみたいで、アスカが少しビクッとしたのがわかった。恥ずかしくなって僕は慌てて付け加える。
「あ、あの、そういえばミサトさんにも相談しなかったんだってね」
「ミサトに言ってどうするのよ。ドイツに帰るか日本に残るかなんて、人が決めることじゃないもの」
「そうかもしれないけど、ミサトさんはアスカが何も話してくれなかったことがすごくショックだったみたいだよ」
アスカは大げさに肩をすくめて見せた。
「ミサトに話してもどうにもならないもの」
「どうにもならないって、アスカ、何か困ったことでもあったの? それなら尚更ミサトさんに相談したほうがいいよ。ミサトさんならきっとなんとかしてくれるよ。きっとミサトさんなら……」
ふと気づくと、アスカがとても悲しそうな目で僕を見ていた。睨みつけるのではなく、ただ静かに僕の顔をじっと見てる。
「アンタに言ってもしょうがない」
アスカの目がそう言っていた。
「どうにもならないのよ」
最後にそれだけポツリと言うと、アスカは席を立った。
なぜか僕にはアスカの声が少しだけ震えているように聞こえた。
〈つづく〉
by himahimari | 2013-12-29 23:45 | 私の作品(サイト未格納)