旅立つ・想起 第3話

こんにちは!
毎日寒い日が続きますが、みなさんお元気でお過ごしでしょうか?

なんだか珍しく続きが出来たので(と言ってもキリのよいところまでですが)、短いけどちょこっと公開いたします。

長い間お付き合いくださっているみなさま、本当にありがとうございます。
続きも頑張って書きますね!




***



5日なんてあっと言う間だった。
 あれ以来、アスカは極端にドイツの話を避けるようになり、結局あの日に聞いた以上のことは何も教えてくれなかった。それはミサトさんも同じで、僕もミサトさんもモヤモヤした気持ちを抱えたまま今日までを過ごしてきた。

 そんな僕たちの気持ちを知ってか知らずか、アスカは毎日楽しそうに荷造りをし、学校や旧ネルフのみんなが開いてくれた送別会では笑顔を絶やさなかった。
 アスカはドイツに帰るのが本当に嬉しいんだ。

 僕はもうアスカの帰国の理由を無理に聞き出そうとは思わない。こんなに嬉しそうなアスカの顔を見たのは、もしかしたら初めてかもしれないから。
 そうか。アスカにとって日本とはそういう場所なんだ。笑顔を見せる余裕もなかったほど、つらい記憶の場所でしかないんだ。なんだ。理由なんて聞くまでもないじゃないか。

 黙ったまま、知らないフリをしたまま、明るくアスカを送り出すことが、きっとアスカの幸せだ。
 決心した僕は、アスカと過ごす残りの時間を努めて明るく振る舞った。

「ほら、日本もそんなに悪くない」

 少しでもアスカがそう感じてくれたなら、アスカはきっとまた日本へ戻ってきてくれるはず。日本を懐かしく思ってくれるはず。きっとまた会えるはずだから。



「アスカ、忘れ物はない?」

 今日のミサトさんは、珍しく朝からアスカの世話ばかり焼いている。

「もう、さっきから何度同じこと聞くのよ。ないわよ。大丈夫よ」

 アスカは両腕で段ボール箱を抱え、大きなスーツケースをお尻で押しながら部屋から出てきた。

「はい。これもお願いね」

 そう言って当たり前の顔で抱えていたダンボール箱をドサッと僕に押し付けた。これも明日発送する荷物と一緒にしておけということらしい。
 アスカは今日、日本を経つ。夕方17時のフライトだ。もうすぐ家を出なければならない。

 僕はこの数日、ずっと考えていた。最後にアスカに言うべきことは何だろうかって。

 「今までありがとう」とか「ドイツに行っても元気でね」とか、そんなどこにでもあるような言葉じゃいけないと思うんだ。アスカと僕はそんな薄っぺらな関係じゃないと思うから。そう思っているのは僕だけで、アスカは僕のことを疎んじているかもしれないけど。
 それでもやっぱり僕にとってアスカは特別な存在なんだ。一緒に戦い命懸けの苦しみを共有した仲間。そして、ほんの短い間だけど空間と思い出を共有した家族だから。

 そんな大切な人にかける言葉って一体何なんだろう。僕がアスカに伝えたいことって何だろう。



「さあアスカ、そろそろ出発するわよ」

 ミサトさんは右手の人差し指にひっかけた車のキーを、カチャンと音を立てて手のひらで握りしめた。

「だからいいってば。わざわざ空港まで見送りに来てくれなくて大丈夫だから」

「そんなこと言わないの。これでもアスカがいなくなることになって、私悲しんでるのよ。飛行機が飛び立つまで見送らせてよ」

 その言葉の通り、今日のミサトさんは朝から落ち着かず、邪魔にされるほどアスカの周りをウロウロしていた。
 アスカも当然それは気づいているはずなのに、見送りだけは頑なに拒んでいる。

「最後なんだから」

「辛気臭いのは嫌なのよ。だから見送りはいらないわ」

「そんなぁ」

 しおらしく肩を落としたミサトさんはなんか一回り小さく見えたけど、アスカはそんなことにも動じず着々と身支度を終えていた。

「さてと」

 アスカはボフっと音を立てて大きなボストンバッグを玄関の床に置くと、くるりと僕たちを振り返った。

「アタシそろそろ行くわ」

「本当に行っちゃうのね」

「ええ。これで日本の狭ーい家ともお別れ。まあコンパクトで機能的っていうか、そんなに嫌いじゃなかったけど」

「またそんなこと言って、本当は寂しいくせに」

「バカ言わないでよ。寂しいわけないじゃない。バッカじゃないのっ」

 ふざけて擦り寄るミサトさんの手を、アスカは決して振り払ったりしなかった。少しも嫌がっていなかった。

 日本の生活を好きになれなかったアスカも、ミサトさんと別れるのは寂しいのかな。子供の頃からの知り合いみたいだし、なんだかんだ言っても二人は仲良いんだ。ミサトさんもそれはわかっているから、わざとふざけてそんなこと言ったりして。

「いつでも帰ってらっしゃいよ」

「わかってるわよ」

「アスカ、行ってらっしゃい」

「うん」

 ミサトさんはアスカをギュッと抱きしめた。

「それじゃあ」

 ミサトさんからそっと身体を離したアスカは、次に僕を振り返る。
 いよいよ僕の番だ。アスカとの別れの挨拶だ。そう思ったらなんだか照れくさくなって、右手の人差し指でおでこを少し掻いて顔を上げた。その時だった。

「シンジはこれとこれね」

「へっ?」

 アスカは僕の顔ではなく自分の大きなスーツケースとボストンバッグに目を遣っている。

「へっ?」

 何を言われてるのかサッパリわからない僕は、もう一度素っ頓狂な声を上げてしまった。

「だから、これとこれ」

「へっ?」

「だーかーらー」

 全く意味がわからなくてキョトンとしてる僕に業を煮やしたらしいアスカは、足元の大きなボストンバッグとそのすぐ近くの壁際に置いてあるスーツケースをこちらに向かって押し付けてきた。

「これが何?」

「アンタ馬鹿? アタシ一人でこの荷物を空港まで運べると思ってんの? 他にもまだ荷物あるのよ?」

「だから?」

「だから? もう本当に鈍いわね。空港まで荷物を運ぶに決まってじゃない」

「えっ、僕が?」

「他に誰がいるのよ?」

「だってさっき見送りはいらないって……」

「見送りじゃないわ。荷物運びよ」

 アスカはさも当たり前だと言わんばかりに、大きく肩をすくめた。

「アスカ、重い荷物を持って空港まで行かなくても、車で送ってあげるわよ」

「シンジに運ばせるから大丈夫よ」

「でも私も……」

 そう言いかけたミサトさんはアスカの顔と僕の顔を見比べて、なぜか一人で納得したようにニヤリと小さく頷いた。

「そう、じゃあシンちゃんお願いね」

 なんでミサトさんがそんなに嬉しそうに笑っているのか僕には検討もつかなかったけど、それでも僕もアスカとここでお別れしてしまうのはとても寂しい気がしていたから、荷物運びに反対する理由はなかった。

「あ、はい」

 素直に頷いた僕に、アスカはとても満足そうだった。



<つづく>
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by himahimari | 2014-02-07 17:31 | 私の作品(サイト未格納)